はじめに

今回の選考は本当に悩みました。
一番心を悩ませたのは、どれもがみすゞさんへの心のこもった手紙なので、この中から作品として評価することじたい申し訳ないという思いです。一方で、このような素晴らしい作品を多くのかたにご紹介し、思いを分かち合いたいという気持ちもありました。そこで今回は、ご紹介したい、思いを分かち合いたいという観点を重視し、賞を選ばせて頂きました。是非ご覧下さい。

準優秀賞(2作品)

※掲載順は得点順ではありません

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風呂敷(リバーシブル柄)、たむらかずみ直筆色紙と豆軸と豆色紙のセット
風呂敷はいずれか1色、豆軸と豆色紙は実際のデザインとは異なる場合がございます。

山川あいさん(74歳)

[神奈川県]

選評

この作品は、本当にお手紙のように書かれています。
年を重ねられたからこその肩の力がぬけたやさしい趣を感じました。
「星とたんぽぽ」「草原の夜」を引用し、 「死ぬこと」「生きること」をテーマに、静かに語り かけられています。字もイラストも素敵でしたので、 画像も掲載させて頂きました。
ありがとうございました。

みすゞさんへ

わたしは70を過ぎたおばあさんです。いきなりですが、「死」を身近に感ずる毎日を送っております。死神に取り付かれて大騒ぎをしているわけではありませんよ。「死」が怖くないと言ったら嘘になるかもしれません。でも「死ぬこと」と「生きること」は、同居しているんだと思いたいので、それほど怖くはないと言っているのです。
みすゞさん
あなたの書いた詩がそう思わせてくれました。ほらこの詩ですよ。
『星とたんぽぽ』
昼のお星はめにみえぬ。
 見えぬけれどもあるんだよ、
 見えぬものでもあるんだよ。

『草原の夜』
夜ふけて
天使がひとりあるいてる。
天使の足のふむところ、
かわりの花がまたひらく、
あした子どもに見せようと。

「死ぬこと」と「生きること」は仲好しで、いっしょなんだなあと思えるのです。「死」は避けられないとしても、同時に「生きられる」ことでもあると信じたいのです。このおばあさんは、荒立てずに静かに「死」に向かいたいものだと思います。本当は、少しすこし不安のようですね。
辛いことも多かったみすゞさんの声なら、素直に聴けると思います。
万一、わたしがよろよろしたら叱ってくださいね。
お願いします。
                    かしこ

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あひるままさん(33歳)

[神奈川県]

選評

全体が少し長文だったので、悩みましたが、その分ひとつひとつの引用とエピソードに込められた母の思いに共感し、選ばせて頂きました。
金子みすゞの詩は、さみしさを肯定し、そのまま受け入れることを許してくれる……「さみしいとき」という詩の仏さまのように、寄り添って一緒に「さみしいね」 っていってくれる、そんな魅力が語られています。
ありがとうございました。

花の「涙」に寄り添って

「みすゞこれくしょん」と歩みを同じくして、2003年に生まれた我が娘は5月に5歳の誕生日を迎えます。
淡い色のベビーウェアに身を包んでいた乳児期を脱して、刺激の強い原色の世の中に足を踏み入れたばかりの我が娘。
昨年度はキリスト教系の幼稚園に入園し、集団社会の複雑さを初めて経験しました。

砂糖菓子のように甘い言葉が散りばめられたみすゞさんの詩と、それを彩るパステルカラーの淡い色合いのみすゞこれくしょんの装丁…人々が今もなおみすゞさんに癒され続けているのは、どこか懐かしい、母の胎内のようなその温かい世界観に起因しているのでしょうが、私達母娘を惹きつけてやまないのは、その根底に流れる人生のほろ苦さを受け容れ共感する心です。

「学校へゆくみち、ながいから、/いつもお話、かんがへる。(中略)だけど誰かと出逢ったら、/朝の挨拶せにゃならぬ。(中略)だから、私はゆくみちで、/ほかの誰にも逢はないで、/そのおはなしのすまぬうち、御門をくぐる方がいい。」
ー「学校」ではなく「幼稚園」でこそありますが、天真爛漫な「明るさ」を携帯することに疲れ始めた娘が何度も何度も噛みしめていた詩。

「玩具のない子が/さみしけりゃ、/玩具をやったらなおるでしょう。(中略)母さんはやさしく髪を撫で、玩具は箱からこぼれてて、/それで私のさみしいは、/何を貰うたらなおるでしょう。」
ーあふれる恵みに感謝していても、ふと人生の根源的な「さみしさ」に足をすくわれてしまう私が、そして娘が、すがるような思いでたどりついた詩。

「誰がほんとをいうでしょう、/私のことを、わたしに。」
ー世の中の複雑さに共に耐える時代の旅人達がその保身のために考え出した美辞麗句や、賢くやりぬくために大人の捻出したマニュアルに、まっすぐな眼で立ち向かおうとする我が娘に寄り添ってくれた詩。

ーそして、「だれにもいわずにおきましょう。/朝のお庭のすみっこで、花がほろりとないたこと。」とみすゞさんの眼は、陽光に満ちあふれた朝の庭の「すみっこ」で、花が流した「涙」に注がれます。

きらきら輝く朝露にも涙を看て取り、「陽」と表裏一体となって「陰」が、華々しい存在の陰にもどこか日の当たらない、心の「湿地」がやはりあるのだということー人生のほろ苦さを容認し共感してくれる懐の深さを、私も娘もみすゞさんの詩に感じとるからこそ、魅了され続けているのです。

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